英語再学習+ホムペ開始

経過。

中国語再学習

経過。

2012年05月28日

不完全燃焼・・・・。

昨日は、いろんな意味で「サービスデイ」だった。
法事(memorial SERVICE) の「サービス」と、その後の家族カラオケという名の家族「サービス」。

特に家族カラオケとか、自分のための行動・・・とは程遠い。
カラオケをしたいのは子ども達「のみ」---メインは明らかに子ども達。
だけど、彼らだけで行くのは「ノリが悪い」から、親も同じ空間(カラオケの部屋)にいてほしい・・・て感じなのだ。

平日は英語廃人やって、子ども達よりも早寝してるから、たま〜〜には「非日常」っす(^_^;)


んで、気を取り直して、今日英語を書き入れようとしたのだが・・・

iKnow!は、そこそこ解いたものの、画像残ってないし!

tangoriki_0528log.jpg

「単語力」は、先週丸々お休みだった分、今日がんばったけど、何だかおなご衆の三すくみ口論に巻き込まれちゃって・・・・・・((+_+))・・・・・50回分テスト解きたかったのに、30回で集中力が切れた。

ま、口論のテーマは、

既婚女子☆子供ありさんは、一女性としての「自分(自我)」と、主婦とか母としての「立場」のどちらをより大切にすべきか


---てことなのだ。 ちなみに:

baa_soukan.png(母)と、mee_soukan.png(娘1)は、「自分/自我」<「立場」派。

shiba_soukan.png(しば)は、「立場」<「自分/自我」派。



みんなの英会話奮闘記





posted by しば at 22:11| 茨城 ☁| Comment(0) | ◇人間関係◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

自分の周りの人との「信頼残高」

今日は、「どんな嫌な思い出でもチャラになる」瞬間と、「どんなに必死に伝えようとしても所詮相手に聴いてもらえないんだろうな、でも言わなきゃならんなぁ」と感じる瞬間の両方を、1日のうちで味わった。

それも、「チャラになる」ほうが先で、「所詮聴いてもらえないんだろうなぁ」が、後だった。

「チャラになる」と感じた場所は、ココ。

息子、今日のマラソン大会は、無事、出られました。
今朝は、おなかの調子はぎりぎりで戻った。
しばは、再びダウンのタラレバに備えて、競技場敷地内にスタンバってた。

最初で最後の3kmマラソンを50ン人中22位で激走したよ。
前日、食欲ほとんどなかったってこと考えたら、ほんとよく走ったよ。

ただし、マラソン大会終了した途端、悪心再発したけどね・・・


7つの習慣」の言葉借りれば、息子、今日で、父の死後〜2か月くらいぶんの「借りを完済(=しばが息子のことでブチ切れた気持ちを、”もう切れない”って自信がついた)」できたよ。

そして、「所詮聴いてもらえないだろうなぁ」と感じた場所は、職場。
宿題忘れ率の高い生徒たちに対して。

しばは、自分の実子にことごとく勉強を放棄され、学校にも行かず、自分が「快」と思うことのみに呆けられた経験がある。
その経験が、「宿題をする = 当たり前の事」の認識を壊した。
以来、宿題不履行に対して厳罰を下せない。
少しでも状況を改善させたくて、件の生徒たちに「なぜ宿題をできないのか?」の答えを求めても、「忙しい」とか、「うっかりしてました、すいません」的な後ろ向きの答えばかりが返ってくる。
返ってくる答えが後ろ向きだと「所詮聴いてもらえないのかなぁ?」という不安が起こり、何度も不安になるとやがて、かつての不安は「どうせ聴いてもらえないだろうな」の諦めに変わる。

私自身がどこかで諦めてしまってるから、「説教してでも伝えたい」の情熱が、わかない。
怒るとか、説教するエネルギーが無駄((+_+))て、無意識のうちに思ってた。
一見穏やかだけど、ある意味、見捨ててる。

ヤバイなぁ。
彼らとの接し方を、根本から考え直さんと。
悲しいかな、私の心の「彼ら名義の口座」には、彼らの「宿題をする」がどのくらい「信頼預金を積んだ」のか、「宿題わすれた」とか「考えたけどわかんなかったから白紙」がどのくらい「信用預金を引き出した」のか。
私の心の中に、彼ら名義の「通帳」が存在するのか?
それとも、彼らの預金を食いつぶしてしまったのは、私の方か??


「どこかに所属する以上、所属場所のルールが(流儀が)あるし、所属し続けたいのなら、ルールに従わなければならない」

辞めてしまうリスクもあるけれど・・・白黒は、はっきりつけないとならない。
職務命令云々でなく、まず、自分の中で。
なあなあは、いけないのだから。

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posted by しば at 23:45| 茨城 ☁| Comment(0) | ◇人間関係◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月05日

ジョークといじめの灰色領域にて

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かねてから時たま脳裏をよぎることがあるの。

ジョークとかギャグって、どこまでがジョークやギャグで、どこからがいじめなんだろう?


しばんちでの、子ども達と私との会話では、「これはいじめなのか?ギャグなのか?」って思う場面は何度も出くわすけど、要は言葉の受け手の心理状況しだい・・・ということにされるのが、圧倒的に多い。
職場でも、通ってくる生徒たちの学級や学年に、「これ、下手するといじめじゃねぇ?」ってやりとりの話を聞くと、他人事だって頭ではわかってるんだけど、胸が締め付けられてしまう。

たとえば・・・


(1)当人のいないところで、「あいつ、嫌い」て言いながら、彼/彼女の行動を遠巻きに観察して、それを話題の種に仕込む。

(2)友達間での噂で話題にはするのに、当人と直接話すのは嫌がる。

(3)きわどい(受け取りようによってはとげのある)言葉を受けて、「嫌だ、気分悪い、やめてほしい」と言っても、「え、ジョーク/ギャグなのに、何傷ついてるの?バカじゃない?!」と返される。


---というのも、私自身が、小学校3〜6年まで、学級の中での権力者(男女両方だけど、男子の比率が若干上)と、「いじめっ子」として恐れられてた男子の標的になった経験があるのだ。
特に6年次は、下校時の帰り道にボス格男子に待ち伏せされた。待ち伏せをかわしたくて誰にも会わなさそうな道を通って帰ればまた、「通学路違反したな」とばかりに、次回遭遇時の待ち伏せ者(♂)からの手や足の出る回数が倍増した。
「嫌だ」って当人に言おうにも勝ち目無く、親を通して担任他先生に助けを求めようなら倍返しのカウンター攻撃必須なので親にも言わずにいて、放課後や休日に自分の趣味・特技を無心に磨いて心の安定を保ち、「勝とうとはしないけど、負けもしないぞ」と無抵抗で嵐に耐えるように登校してた。

3〜5年次は、なぜか「自習時ペナルティ(=当時の学級委員が「態度悪い」とみなすと罰宿題や罰清掃が課せられる)」が、担任から見ても明らかに態度悪い人よりも多かった。
何が彼らの勘に障ってたんだろう?---解せなかったけど、相手は学級内の権力者だったから、「来年同じクラスになりませんように」「来学期同じ人が学級委員になりませんように」と、物理的に離れることを祈るしか、当時は出来なかった。
5年の終わりに私が転校する時に、彼ら(のうちの男子)が色紙の寄せ書きで謝ってきたけど、もう手遅れ。
転校が決まった時点で、私は彼らを心の中の友達リストから消したの。「彼らも友達のうちだ」って考えたら、ずっと悲しみ続けてしまいそうだったから。


過去にいじめられたことのある人が、形勢逆転していじめる側に立つこともあるようだ。
私は「人間関係リセット!」を賭けた中学時代に、知らぬ間に陰口グループに関わってしまって、後悔してる。
小学校時代の人脈が超希薄だったから、”陰口グループ”を抜けると完全孤立になってしまうって思ったら怖くって、「どこにも属さないのが嫌」ってだけの気持ちで行動を共にしてしまった。


今、小〜中学生と関わる仕事をしてて、「いじめる側:いじめられる側=1:9」な子ども時代を送ってきた自分を振り返って思うのは、不思議なことに「いじめる側が9でなくてよかった」だ。
確かにいじめの受け側はしんどい。でも見方変えれば、「自分がされて嫌な事は、他人にもしないようにするぞ」って信念を作ったのは、他でもない、いじめを受けた経験だ。

---なんて今思えるのは、中学以降に出会った、当時の自分を受け容れてくれて、助けてくれて、直接攻撃されないようにさりげなく守ってくれた友達や先生方のおかげ。


今、彼らにすごく恩返ししたい。
直接恩を返せないのなら、せめて隠れたいじめに心痛める人の力になって、おかげ送りをする。
10月に、「この人を守るぞ」って決めた人が1人いる。
そして昨日、もう1人・・・・・・



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posted by しば at 11:03| Comment(2) | TrackBack(0) | ◇人間関係◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月29日

「ライバル」を持つ気持ち

rival を英英辞典で調べてみたよ。

---a person, group or organization that you compete with in sport, business, a fight etc.

訳すと、「スポーツや、仕事や、格闘などで競う個人、グループ、または組織」。

中学生にとっては、2学期中間テストが終わって、ちょっとだけ息つける時間が、今頃なんじゃないかな…と思う。(茨城の3年生は別だけどね、来週県一斉テストがある)

テスト勉強に、日々の勉強に、気合いを入れるために、「この人には負けたくない!!」て人を掲げる人を見かける。
事実私も、中学生時代は、”ライバル(♂)”がいた。
1年の3学期に実力テストの成績表を交換して以来・・・互いの高校入試が終わるまで、学校での試験の度に互いの成績を交換してきた。
勝敗は、素点も偏差値も見せ合ってきたけど、総合は僅差で彼のほうが勝ち越し。内訳は、彼は理数系、私は語学系で分がよかったかな。

だけど、他人をライバルに掲げ続けてると、悲しいかな、いつか限界が来る。
彼と私は、同じ公立高校を第一希望に掲げて受験したんだけど、どちらも受からなかった
行った高校??彼はSK(芝浦工大柏)高校、私はSM(変な意味ではない!!専大松戸ぢゃ)高校に進んだよ。

四半世紀を経て、自分の高校受験を振り返って思うのは・・・

目に映るライバルと競うのは、確かに張り合いあるし、怠け心にモチベを点火するのにはいいんだけど・・・・・・・ライバルに勝つことにある程度以上執着すると、落とし穴がある、 てこと。
どんな事かって言うとね:

・・・・・・自分自身の目標が、ぼやけるの。

ライバルに得点で「勝った、負けた」することは、「自分のがんばりが即目に見える」って安心感があるんだけど、競る事に夢中になると、自分自身に対して掲げたゴールを見失う。

あさって、TOEIC受けに行ってくるけど、大人になってからの英語学習では、目に映るライバルは掲げてない。
最高点の更新だけを目指して受けに行ってる。
あえて、ライバルは誰?って聞かれたら、「過去の自分」って答える。

喘息になったり、いろいろハプニングあって、今週はほとんど自分(専用)の勉強してないんだけど、全く英語の勉強してないわけじゃないんで(県一斉テスト過去問の読解文の訳取りはホントにがんばったぞ♪)、凡ミスをせずに今持てる力を出し切ることに専心するよ。




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posted by しば at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇人間関係◆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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