英語再学習+ホムペ開始

経過。

中国語再学習

経過。

2012年12月31日

今年もお世話になりました。

気管支炎もピークを越え、今日は溜めた家事も英語ポッドキャストと共に楽しくできた。
英語聞きながらならば、もうちょっと行けそう。

TVではいろいろ年末特番やってるけど、昨日から全部封印して、英語してます。
「パスタをゆでながらパス単」も、復活♫
英語学習コンビニ稼働な年末年始、往路(年末編)は、イイカンジに行けてる。
この頃は、StudyPlusにばかりつける学習記録、昨日から「1000時間クエスト」にも転記始めてる。
1000時間クエストは、スタプラでは計上しない「多読」と「多聴」も学習メニューに入ってる。

今日の分まで記録したら、ちょうど1年分の英語学習のあゆみグラフができた。

1000henglishquest_eigozuke2012.jpg

1000時間クエスト参加当初の頃のグラフからつなげてみると、もっと面白いんだろうけど、
見れば見るほど、多くの人の温かな応援、見守りがあったから、学習を続けて来られたんだなぁ・・・と、感慨深い。
8月、9月、12月・・・と失速傾向だけど、それでも、英語学習連続継続「260日(なお継続中)」は、数えた中では最長記録だ。
学生時代でさえ、英語の宿題提出の無い日曜日は、英語学習ゼロデイがあったもん。

ほんとに、ほんとに、ありがとうございました。
Viva 切磋琢磨!


年を越したら、英語再学習10周年が、もうすぐそこに見えてくる。
・・・なんて考えたら、ホームページを始める前の自分の英語への想いや、どんな気持ちでホームページを始めたかなどを、忘れないように書き留めておきたくなった。
場所は、ブログを始める前の頃の日記置き場@はてなブログに、「外伝」としてUPしたよ。

hatenablog_1231.jpg

画像から先を読みたい方は、「続き」から読めるよ。

月並みだけど、お世話になりました。
良いお年を。

今年も、残すところあと1日。
新年を迎える準備が万端整っている方も、今鋭意準備中な方も、「これから頑張ります」な方も・・・いろいろだと思います。
 
そして、忘れちゃいけない、来年が「喪中」で、静かなお正月を迎えようとしている方も、少なからずいらっしゃる。
 
しばんちは、昨年が、喪中だった。
父は、おととし6月、「定年」を迎えぬまま逝った。
母たちはとっても寂しがったけど、私は、「父的には、思い残すことなく生き切っただろう」って思う。
その「喪中」・・・ちょっと寂しく、静かなもんだけど、楽チンな面もあるんです。
年賀状作成を気にしなくて済んだり、来客準備をしなくても済んだり。
 
 
 
西暦が変わるたびに、必ず行き会う「お正月」。
1981年(中学1年になった年)に、英語は、私の心を撃ち落とした。
英語が、私の心にホッとできる空間を作った。
英語が、日本語だとうまく言えない気持ちを、たくさんたくさん、代弁してくれるようになっていった。
自分を好きになる後押しをしてくれた先生も、英語の先生だった。
本気でその先生に肖って、同じ職業を目指して、夢ひとつかなえた。
大学で英語専攻して、教員免許取って、教員試験をひと夏で潜り抜けて、中学校に勤めた。
1991年。
 
 
 
だけど、その夢、勤め先で、破れてしまう。
「何のための教職課程?」「何のための教育法??」「現場で求められてる事と、全然違う・・・」
「生活のため」って、割り切ればよかったのかもしれない。
「教師でない素の自分の時間」をもっと強く意識すればよかったのかもしれない。
「夢かなえた、やった〜〜」と、喜んでしまったのが、今思えば敗因なのだけど、20年前の自分は、その辺がウブで、浅はかだったから、「現場の現実」と、「教員養成場での理想」との両方に、社会人としての初心部分を打ち砕かれた。
 
 
 
「他の仕事をして、自信を取り戻したい」と思い始めた1993年。
前年3月に、ひょんなキッカケで出会った現夫と結婚、本心は教員生活に挫折してるのに、上司・同僚達にはホントに温かく中学校から送り出していただいた。
「他の仕事」をするのは、実は、英語をもう見たくも聞きたくもなくなってしまったから。
「他の仕事」をしたら、自信を取り戻せたかは不明だけど、落ち込みから抜け出すことだけは、半年くらいでできた。
オフィスワークもそこそこ楽しめて、英語と関係ない検定(日商ワープロ検定)を自主的に取った。
オフィスワークで「これから!」と思った矢先に、第1子の妊娠。
1994年2月。
そして、妊娠報告した途端の雇い止め・・・「授かったその時を大事にしなさい」ってきれいな言葉で送られたけど、今考えれば、あれは即解雇。
気持ちの踏ん切りをつけて、「家庭でがんばろう」って思うまでに、半年を要した。
 
やっぱ、「授かったその時」だったのか、以後、1999年まで、丸6年間、妊娠か授乳のどちらかをしていた。
 
 
 
 6年も妊婦と0歳児ママを交互にやってると、催乳ホルモン効果で、「家にいるのもいいじゃん。家庭でがんばろう」が、本能的に湧いてきた。
それはそれで、フツーーーーに楽しい時間だった。
公園も、幼稚園ママ生活前期〜中期(1998〜2003/03) も、いろいろありつつもフツーに楽しかったし、何かあっても「元同業者先輩ママさん」達に見守られていた。
 
 
 
その頃の「英語」は・・・・?
NHK教育テレビで流れてるのを、ちら見するだけだった。
 
えいごであそぼ とか、 えいごリアン・・・
 

でも、少しずつ、私の中の「英語の虫」が、疼き出す。
中学校辞めた時みたいに、「英語、見たくも聞きたくもない」でなくなってる。
私の前職を知った当時の幼稚園の先生が、私に、単発英語イベントを主催させてくれたりもした。
決め手になったのは、学生時代の同期との、思いがけない再会。
彼は、教員試験は失敗したのだけど、既卒ハンデを克服して、地元で名のある企業に籍を置いて活躍している。
そして、再開時、次のひとことで、私を再度英語道へと連れ出した。
2003年の、早春のハナシ。
 

これからの英語教員は、最低でも、英検は準1以上、TOEICは730以上を持っていないと、務まらなくなっていく。
しばはすでに英検は持ってる。TOEICも揃えて、この先いつでも復帰できるように準備するんだ。

 
 
 
・・・自分の英語への取り組みを、彼に見守っていてほしい、って思った。
奇跡的確率でしか、顔を合わせられない彼に、会えなくても、telやメールなどで手間を取らせずに、彼の余暇に合わせて自分の近況を伝えるには、どんな手段を使おうか?
 

 

 

 

newhomepage_01.jpg

(画像は、2011年初め頃のHPデザイン)
 
こうして、私の英語学習season 2と、ホームページ生活は、始まりました。
ブログに載せている「2003年5月5日」が、最初のHPを公開した日。
英語学習の長い長い喪が明けた日です。

ラベル:挨拶 年越し 英語
posted by しば at 21:11| 茨城 ☀| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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